携帯電話もインターネットの乗換も、会社側の契約書をもとに商品の売買が約束される時代。 主に商品を数年間使うことが基準となり、三年ごとの更新性で、その前に解約すると一般人には高額な違約金が掛かる。 ネットではそれに撤去(解約)費用が上乗せされる。 代理店が多く現れて、顧客獲得に競い合う。 利用者数の獲得が、株価を引き上げると、企業の収益率にやっと繋がる。 販売者は二極化の競争に勝ち残れるのだろうか? 私は、「お客様は神様」の時代に育った。商品を購入して使ってくれる人は神様。その時代には、純粋に商品の品質や技術進歩や消費国民の人格尊重に競争が激しかったように思う。 現代の顧客は、株主様に変化した。 売り上げは、商品品質には直接左右されない。サービスであったり、還元代金であったり、契約内容の違約金の収益も最終的には販売会社の存続を左右することになる。このような世界。談合も理解できなくもない。 生きるために仕事をする割合と、よりクオリティ高い生活を求める者の、需要と供給が釣り合うのはいつになるのだろう?人の幸せのために仕事をする社会はどこにあるのだろう? ふっと、不安になることがある。もしも私が事故にあったら、解約時期の管理をだれがするのだろう?これだけ人口が激減している中に、きっと、その会社存続の管理も、違約金に含まれているのだろう。何とか必死に顧客を繋ぎ止めようとする企業。他社と組んでポイントカードを作る。あらゆる商品がネットワーク化される。 あれもこれも、複雑な契約が増えていく。 電力もまた競争になるようだが、エネルギーにしても電波にしても、情報も含めライフラインは、とかく、いや結局主導権を握るのは企業側に陥りやすい。 世の中は、人口減少のみならず都市減少にまで対策を打ち始めている。 情報は日常になくてはならないものになった時代に、契約は一時の甘い汁に乗ってはいけないのかもしれない。 永遠に安定安全供給ができる信頼おけるものに、商品を使う人を思いやることのできる、見解の正しい、信頼できる存在の選択をしたいと強く感じる。 オレオレ詐欺は命からがらのお金搾取の現代の象徴のような気がしてならない。 今は、商品を使うことに恐怖を感じる時代。 本当に競争が次の良い時代を作るとみんな考えているのだろうか? まずバランスを基礎から整えることはできないものなのだろうか? 人口減少とグローバル化によって、社会は今後様変わりすることだろう。 私たちは何を選択したらよいのだろう。